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中東カタールの首都ドーハにラクダ市場なるものがありました。
荷役・食肉・ミルク用それに競走用などとして取引されているそうです。



中東やアフリカに生息しているラクダは【ヒトコブラクダ】です。
当然、ドーハのラクダはどれもヒトコブラクダでした。

♪月の砂漠の~♪ に出てくるラクダは【ヒトコブラクダ】なんです。

下の写真はヨルダンのお巡りさんですが、そのヒトコブラクダに乗って
パトロールしておりました。
一つのコブを両足で挟むようにして乗るのだそうですよ!
その昔、アラビアのローレンスもヒトコブラクダに乗って活躍した
のでしょうね。



一方、中央アジアに生息しているラクダは【フタコブラクダ】です。
つまり背中に二つのコブがあるやつです。

シルクロードをのんびり行くラクダはフタコブラクダなわけです。


コブの間に乗るので、こっちは簡単に乗れそうですね。






















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東京成田国際空港から中東のカタール・ドーハ国際空港まで約12時間の
空の旅の航空会社は初めて乗るカタール航空でした。

勿論エコノミーでしたが清潔な機内の座席空間は広く、日本人乗務員も
多くて心強かったです。

食事もグーでした。イスラム圏の航空会社ですが、意外にも酒類も豊富
でしたね。


ヨーロッパ方面へ向かう飛行機はシベリア上空を通過しますが中東へは
モンゴル⇒インド上空を通過しておりました。


用意されている映画は新旧含めて、その種類の多さにおどろきました。
こりゃ全部見きれないよぅ~(当然です!)

後部ギャレーに行けばビール・ワイン・ウイスキー・スパークリング
各種のソフト・ドリンクの他に色々なお菓子など、何でもありました。

後半、小腹が空き、後部ギャレーへ行き乗務員さんにカップヌードル
をお願いしたら、な、なっんと、ほどなく自席に持ってきてくれました。
感激しました。

長時間の飛行でしたが、大変良い空の旅を楽しむことができました。
カタール航空は素晴らしい!















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豊富な石油と天然ガスの資源国・中東のカタールは半端じゃなかった。
税金がなく、教育・医療費はタダなのだ、加えて場合によっては生活費
も国から支給されることもあるらしい。まさに夢の国なのだ。
世界一お金持ちの国らしい。



一般庶民の住宅が、これまたすごい。どこかの国の宮殿のようでしたね。
カタール庶民の住宅例:その1
 

カタール庶民の住宅例:その2
 

事例その3以降は自分と比較すると、あまりにもばかばかしいので省略。


(カタールの事情と自分を比較すること自体が、ばかばかしい?)
   ↑ どこからともなく聞こえてきそうです。 汗(^-^)汗









































 




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ローマ・カトリック教国のイタリアにあってもヴェネチア(中世・ヴェネチア共和国時代のお話です)の中心広場に創建されたサンマルコ寺院の建築様式はビザンチン(=東ローマ帝国)様式です。その簡単な理由は(その1)に記載したとうりですが、今回はサンマルコ寺院の内外壁を飾るモザイク画についてご紹介させていただきます。

サンマルコ広場の向こう正面がサンマルコ寺院
左は高さ98.6mのヴェネチアの鐘楼
右はドッカーレ宮殿


正面がサンマルコ寺院
右側はドッカーレ宮殿


寺院の外観
今もなお輝き続けているモザイク画:すごい!


モザイク画のクローズアップ(1)


モザイク画のクローズアップ(2)


モザイク画のクローズアップ(3)


ここサンマルコ広場は海岸のため建物は塩害に悩まされます。特に冬場の満潮時にはアクア・アルタといって広場全体が海水に浸る時があります。当然教会の宗教壁画も損傷が発生します。当時のヨーロッパの教会では一般的な、着色した漆喰で描かれるフレスコ画は塩害には弱いのです。

ビザンチン帝国(=東ローマ帝国)と交易し、その高度な文化を良く理解していたヴェネチア人はビザンチン様式の教会を中央広場に創建したのです。それは、着色した【ガラス小片】を使用して描くモザイク画は対塩害、対候性ともに非常に優れたものであることを熟知していたからと考えられます。特に金色に輝くモザイクはフレスコ画ではなかなか表現できない技術です。当時のビザンチン帝国(東ローマ帝国)の文化は先端を行くものであったのです。

考えてみれば、現在のデジカメの画像はモザイク画の手法、その物ですね。デジカメの画像はモザイク画(?)については別途、掲載させていただきます。


























































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正面がサンマルコ寺院 
右側はドッカーレ宮殿
 

イタリアの北部■■■ヴェネチアはアドリア海に接し、潟に乱舞する中世の街並みはとても風光明媚でした。その景観は世界遺産に登録されており、世界中からの観光客の訪問が絶えないようです。ヴェネチアはその昔も海洋都市国家として大変に栄えていたようです。そのヴェネチアの中心広場に創建されたのがサンマルコ寺院です。(サンマルコ=福音記者・聖マルコ)この寺院を見学して気がつたことは、その作りがビザンチン様式であることでした。



今も輝き続けるモザイク画
他の教会に良くあるフレスコ画ではない!
写真の上でクリックすれば大きな写真になります。
 


ローマ・カトリックの総本山があるイタリアで何故ビザンチン様式、すなわちギリシャ・正教会様式の教会をローマ・カトリックの法王が良く創建許可したものよと不思議に思ってました。現地への旅行でその謎がとけました。
 
海洋都市国家であったヴェネチアはアドリア海の出口にあるギリシャ、その先のビザンチン帝国(=東ローマ帝国、首都はコンスタチノープル、現在のトルコ・イスタンブール)などとの交易により巨万の富を得ていたようです。覇権はアドリア海に留まらず地中海にも及んでいたそうですね? 

当時は聖都エルサレムをイスラムから奪還するため、ときのローマ法王は[神はそれを望んでおられる]との名目で聖都奪還に十字軍を派遣しておりました。その軍団一行を中東に輸送するためにヴェネチアの海運が積極的に関与していたそうです。超経済大国であり、そして十字軍への援助を惜しまないヴェネチアにローマ法王は一目置いていたと考えます。

そのような歴史的背景があり、合理的なヴェネチアはカトリック教国でありながら潟の気候風土に適し、そして友好国のビザンチン帝国(=東ローマ帝国)にも敬意を表して、あのサンマルコ寺院を創建したものと考えます。

気候風土に適したとの理由とは? 続きは別の機会に記載させていただきます。

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